浦和地方裁判所 昭和37年(ワ)101号 判決 1962年12月10日
理由
訴外江北物産株式会社が訴外萬野慎誠にあてて原告主張の約束手形を振出交付したことは当事者間に争いがなく、しかして、被告の署名と印影の成立に争いがないので被告名義の裏書と拒絶証書作成義務免除文言がいずれも真正に成立したものと推定され、且つその余の裏書と拒絶証書作成義務免除文言および支払拒絶文言が証人萬野慎誠の証言と弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したものと認められる甲第一号証によれば、訴外萬野は右手形を拒絶証書作成義務を免除して白地裏書により被告に譲渡し、被告はこれを拒絶証書作成義務を免除して白地裏書により訴外竹内に譲渡し、訴外竹内は満期後の昭和三六年七月二四日右手形を原告に裏書譲渡し、原告は現にその所持人であることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。そして原告の前所持人である訴外竹内において右手形を満期に支払場所に呈示して支払を求めたがその支払を拒絶されたことは当事者間に争いがない。
右事実によれば、原告は被告に対し本件手形につき遡求の要件を満たしていることは明らかである。
そこで被告の仮定抗弁について判断する。
被告の主張は、被告が訴外萬野とともに訴外竹内をして本件手形の割引等により金融を得させることを容易にする目的をもつて、同人に対し順次前述の各裏書をなしたものであるとの趣旨であることは主張の全趣旨に照して明らかである。被告は右の主張を前提とし、手形割引等により本件手形の所持人となつた第三者に対して被告が裏書人としての責任を負うのは格別、訴外竹内に対してはその責を負ういわれがなく、したがつて支払拒絶証書作成期間経過後に裏書を受けて本件手形の所持人となつた原告に対しては訴外竹内に対する右抗弁を対抗することが出来ると主張し、証人萬野慎誠の証言と被告本人尋問の結果とを綜合すれば、被告が本件手形に裏書をなすに至つた経緯と目的が被告主張のとおりであることを認めることができ、原告が本件手形を支払拒絶証書作成期間経過後に裏書により取得したものであることは当事者間に争いがない。
ところでこのように他人に金融を得させるために、いわゆる融通のために手形の裏書をなしたものの責任について考えてみるに、融通者たる裏書人が被融通者たる被裏書人から直接に手形金の支払を請求された場合には裏書人としての償還義務を負わないことは勿論であるけれども、被融通者以外の適法な手形所持人から償還請求がなされた場合には、いわゆる融通手形の振出人が被融通者以外の適法な手形所持人に対して、悪意の手形取得者であると否とを問わず振出人としての手形金支払義務を負わなければならないのと同様、所持人が融通のための裏書であることを知つて手形を取得したと否とに拘らず、裏書人が償還の義務を負うものと解するのが相当である。そしてこの理は支払拒絶証書作成前または無費用償還文書のある場合には支払拒絶証書作成期間経過時以前の裏書(以下満期前の裏書という。)により手形所持人となつた第三者に対する場合だけでなく、支払拒絶証書作成後またはその作成期間経過後のいわゆる期限後裏書により手形所持人となつた第三者に対する場合においてもひとしく妥当するものと解すべきである。けだし融通のためにする裏書は、手形の信用力を増大させることにより被裏書人が容易に金融を得られるようにすることを目的としてなされるものであるから、もし融通者たる裏書人が所持人たる第三者に対して手形金の償還義務を負わないものとすれば、融通のためにする裏書は全くその意味をなさないことになる。したがつて融通のためにする裏書には、手形が第三者の所持となつたときは裏書人において所持人が融通のための裏書であることを知つて手形を取得したものであると否とを問わず常に手形の支払を担保する趣旨が含まれているものとみなければならない。そうだとすれば融通のため裏書であるとの事由は被融通者から手形を取得した第三者に対しては、その性質上いかなる場合にも(第三者が悪意の手形取得者であると否とを問わずまた満期前の裏書により手形を取得したと期限後の裏書により取得したとを問わず)手形金の償還を拒む事由とはなり得ないものと解すべきだからである。尤もこれを異なつた観点からみるときは、期限後裏書の場合には人的抗弁が遮断されない結果被裏書人はその前者の有する権利しか取得できないし、他方被融通者は融通者から融通のための裏書であることを当然に対抗されるから、期限後裏書の手形所持人はその前者の権利即ち融通のための裏書であることを対抗されるところの被融通者の権利しか取得できないわけであるとし、融通者たる裏書人から融通のための裏書であることを対抗されるものと考える余地もあり得よう。しかし期限後裏書の被裏書人がその前者の有する権利しか取得しないということは、右述のとおり人的抗弁が遮断されないということに外ならないのである。即ち満期前の裏書の場合には一般に人的抗弁が遮断されてしまい、只所持人が悪意で手形を取得した場合にだけ、裏書人が所持人の前者に対する事由をもって所持人に対抗することができるのに対し、期限後裏書の場合には所持人がたとい悪意なくして手形を取得した場合においてもなお裏書人が所持人の前者に対する事由をもつて所持人に対抗することができるという意味に外ならないのである。このように考えてくると期限後の裏書であることの故に人的抗弁が遮断されない結果所持人が対抗を受けるところの抗弁は結局これが満期前の裏書の場合であれば悪意の抗弁となり得る性質のものでなければならないと解すべきである。ところが、融通のための裏書は満期前の裏書の場合においても性質上悪意の抗弁となり得ないものと解されるのであるから、期限後の裏書の故に遮断されない抗弁の範ちゆうには入らないのである。したがつて期限後裏書の手形所持人がその前者の有する権利しか取得できないということは、融通のための裏書人がこの種の裏書の性質上所持人に対し償還義務を負うものと解することの妨げとはならない。
但し融通のための裏書において融通者と被融通者間で満期までに当該手形を融通の目的のために利用しないときはもはや融通の目的を喪失し、被融通者から融通者に手形を返還しなければならない特約がある等特段の事情があるときは、裏書人は期限後裏書の手形所持人に対しこのような事由を抗弁とすることができるものと解される。しかしこれはもはや融通のための裏書であること自体を抗弁とするものでないことは明らかである。しかして本件では右のような特段の事由が存在することにつき何の主張立証もないし、また一般に融通のための裏書の場合に融通者と被融通者との間に右のような意思が存在するものと推測することもできない。
以上説明したとおりであるから、被告の主張は主張自体理由がないといわなくてはならない。
そうだとすると、原告が本件手形につき遡求の要件を満たしていることは前述のとおりであるから、被告は原告に対し、本件手形の裏書人として手形金二五万円およびこれに対する満期後の昭和三六年七月二五日から支払済に至るまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払をなすべき義務がある。
よつてその支払を求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。